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母への感情
母親について、以前の記事(「母親のこと」)で「母親に対しては何も感じていない」
と書きました。
 
母親のことを思い出そうとしてもあまり思い出せないし、感情も湧いてこない。
でも最近、思い出せないのではなく思い出さないようにしているのかもしれないと思い始めました。

きっかけはこの前のセッションで母親のことを聞かれ、妹から聞いた話を思い出した時。
妹が台所で宿題をしていた時に「分からない」といったところ、突然母親が持っていた包丁を
妹に突きつけ、「今度分からないと言ったらあんたを殺して私も死ぬ!」と言ったそうです。

妹は「もういい!」と言って部屋に行ったそうですが、内心はとても怖かったと話していました。
私はその場に居なかったので知らなかったのですが、妹の恐怖は想像以上だっただろうと思います。
母親が感情むき出しで怒り、物を投げたり叩いたりするのは日常茶飯事だったので、
「あんたを殺して」という言葉は本気だったんだろうと思えるのです。

りんりんさんに「お母さんにとって『分からない』という言葉は不快ワードだったんだろう」と
言われました。包丁を持ち出すぐらいだからそれもかなりのものだろうと。
私は包丁を持ち出されたことはないですが、確かに「分からない」と言うと母親が感情を
爆発させていたことは覚えています。だから母親に勉強を教えてもらう時間は恐怖の時間でもありました。

なぜ母が「分からない」という言葉にあれほど反応したのかは分かりません。
ただ、「分からない」=自分のせいだ と責められている感じがしたんだろうと言われました。

母親については謎に包まれている部分が多いです。
母親のお母さん(私から見れば母方の祖母)は看護師をしていて、母親が子どもの頃は
仕事が忙しくてほとんどかまってもらえなかった、それがとても嫌だったらしい、ということは
父親から聞いたことがあります。

父親はそんな母親に同情して、家から連れ出してやりたいと思い、結婚したのだと話したことがありました。
そして「同情で結婚してはいけない。同情と愛情は違うんだ。お前たちはそこを間違えないように」
と教えられました。

母親のことを思い出そうとすると心の底のほうで何かが動くような感覚があります。
不快というほどではないのですが、それが何なのか知りたくない、意識してしまったら
自分をコントロールできなくなりそうな、そんな気がします。

先日も彼に母親のことを話していて突然涙があふれてきました。でも自分ではなぜ泣いているのか
分からない。ただこれ以上感情を感じてしまったら歯止めがきかなくなるような気がして、そこで
話すのをやめました。
 
受け止めてほしい、愛してほしい、溜まっていた母親への感情を他の人にぶつけてしまいそうで
恐怖を感じました。
 




 
 
 
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[2014/03/30 18:57] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
好きなもの1
好きなものについて書いていきます。

 <好きな食べ物>
・サツマイモを使った料理全般(特に焼き芋が好きです)
・チョコレート(チョコレート感が味わえるのでポッキーよりトッポが好きです)
・ポテトチップス(特にコンソメ、のり塩味が好きです)
・ハンバーガー(種類が分かるほど食べたことないので、お店とか何の具が好きかよく分かりません)
・チーズを使った料理(ブルーチーズはまだ食べたことないです。でも癖のあるチーズは苦手です)
・卵料理(オムライス大好きです。固ゆで卵の黄身はパサパサして苦手です)
・栗ごはん、炊き込みご飯、小豆がない赤飯(そんなのあるのかなあ・・・)

<好きな飲み物>
・甘い酎ハイ(桃、カルピスなど)、甘いカクテル(カルアミルクなど)
・バヤリースのオレンジジュース

アクセサリーなど光るものは好きです。丸くなったガラスの破片とか幼い頃に集めていました。
今でもガラスビーズや透き通った宝石を見るとテンションが上がります

こんな感じでしょうか・・・。
改めて好きなものは、と考えるとよく分からないです。
  
好きか嫌いか、と聞かれるとはっきり分けられないものが多い気がします。
特に食べ物に関しては「嫌いではない」という分類が多いです。

また思いついたら書いていきます^^
[2014/03/30 18:44] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
マックに行きました
友人とマックに行ってきました

マックといえば、ファストフードの定番。私が嫌う「体に悪そうなもの」がたくさんそろっています。
だから今までは誘われると、口では「いいね~行こう♪」と言いつつ、内心
「え~体に悪い・・・やだなあ」と思っていました。(ウソつき発見!)

友人にはそんな私の気持ちはバレていたみたいですが^^;
考えてみたら今まで誘われるとき「マックでいいかな?」と遠慮がちに聞かれてました
気付かれてないだろうと思っていたのは私だけだったんですね・・・ 

でも今回は心から「いいね!」と言えました。
私が人生でマックに行った回数を数えてみたら、たぶん10回以下だろうと思います。
体に悪そう、というのも理由なんですが、お店の人が口調が早くて何を言っているか
聞き取れないのが苦手なんです。
あと、セットとかのシステムがよく分からない・・・
他の人を見ると慣れた様子でささっと注文しているので「ええ~と・・・」とか
言ってる自分が恥ずかしくて近寄らないようにしてきました。

ああでもおいしいんですよねハンバーガーにフライドポテト 
初めてハンバーガーを食べた時の感激はポテトチップスにも負けないくらい、
忘れられない思い出です。
 
ちえさんに「いままで食べずに我慢していたものを、満足するまで食べてみたらいいよ」
と言ってもらい、「ああそうか。我慢しなくていいんだ」とほっとしました。

我慢が自分を不自由にしてきたのだから、もう我慢はやめます。
自分が不自由だと周りの友人にも気を使わせてしまうので。

食事はおいしく楽しく、が一番です。
[2014/03/28 22:02] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
コンビニおにぎり
コンビニでおにぎりを買うとしたら何の具を選ぶか聞かれ、私は「エビマヨ」と
答えました。

エビのぷりぷりした触感とマヨネーズのしょっぱい味が大好きです
でも、聞かれるまでは「なんとなく好き」程度でした。

これまで自分がエビマヨ好きだという自覚がありませんでした。
好きなものは?と聞かれると「サツマイモ」と答えていました。

そして昨日久しぶりにコンビニでエビマヨのおにぎりを買いました。
 
好きだと自覚して食べると味まで違って感じるんでしょうか。
よく食べているはずなのに思わず「おいし~い!」と声に出して言ってました。

それぐらいおいしかったんです。
ちょっと感動的な体験でした。
 
[2014/03/27 17:25] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
家族との境界線
この前のセッションで、私は家族(特に祖母)になんでも報告しないと気がすまない、
という話をしました。
 
なんでも、というのは本当に些細なことです。
遊びに行く日と時間、会う相手、どこに行くかまで詳細に報告します。

それをつい最近まで疑問に思っていませんでした。なぜなら、祖母も同じようにしていたからです。
祖母は夕食の席で必ずその日1日あったこと、自分がしたことを報告します。
(今日は誰と会って、そのあと畑に出てこれを植えて・・・そして「あ~疲れた」という
 オマケ付き^^;)

その話をしたら、りんりんさんに「おばあちゃんとの間に境界線がないね」と言われました。
たとえ家族であっても、言わなくていいこと、聞かれたくないことがあって当然。
それを言わないと気がすまない(罪悪感がある)のは、祖母が私の領域に侵入しているからだと。

小さな子どもなら親が行き先を知っていることは必要でしょう。
でも、私はもう大人です。いちいち自分の予定を家族に報告する必要はないはずです。

そのことに気づいてからは祖母の「侵入」を不快に感じるようになりました。
祖母は私が何も言わずに出かけようとすると、さりげなくどこに行くのか聞き出そうとします。
聞かれるのも不快、答えるのも不快なので適当にごまかしますが、
その度に私の中に祖母を裏切っているような罪悪感が生まれます。

でも、その罪悪感だって本来は感じなくていいはずです。
私はもう大人なんですから。(言い聞かせていないと罪悪感に負けそうです

家族のおかしな点を認めるのは少し抵抗があります。
でも、私が自立して自分の意思を持つためにはちゃんと向き合って
自分に染み付いた癖を修正していくことが必要だと思います。

祖母に対する悪口みたいになってしまいました
おせっかいなところを除けば、私は祖母が大好きです。
 

   
[2014/03/25 14:33] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
好きなお菓子
好きなお菓子について考えてみました。
お菓子といえば、思い出すのはポテトチップス。

初めて食べたのは小学生の頃だったと思いますが、
「世の中にはこんなおいしいものがあったのか!」と衝撃を受けました。

それまでお菓子は母親が買う物しか口にしたことがなく、母親が与えるのは
着色料や砂糖控えめの健康的なお菓子のみ。ガムも味も色も薄い、やたら固いものしか
知りませんでした。(でも遠足の時は自分で好きなものを買っていたと思います。)

その話をした時、ちえさんに「あかりちゃんはそのあとポテチを食べたいとは思わなかったの?」
と聞かれました。
私は「家になかったから食べようと思わなかった」と答えたのですが、ちえさんに
「それは自分で食べない理由を作っている可能性がある」と言われました。
本当は食べたかったけれど、母親が嫌な顔をするから食べられない。食べられない理由を
正当化するために「記憶の操作」をしているかもしれないと。
その時はまだピンと来ず、「う~ん」という感じでした。

でも、そのあと思い出したことがありました。
母親は子どもには健康的なお菓子ばかり与えていましたが、それとは別に自分用のスナック菓子を
寝室に隠していました。
それを私たちが見ていないところで食べているのを子どもの私は知っていたのです。

母親の食べているお菓子は私にとって未知のもので、とても魅力的に見えました。
だから、母親がいないすきにこっそりつまみ食いをしていました。
本当は「私にもちょうだい」と言えばよかったのですが、言うと怒られそうで
言うことができず、私は罪悪感とばれるかもしれないという恐怖を感じながら盗み食いを
繰り返していました。
(ちなみに妹は母親におねだりして堂々と二人で食べていました。それを子どもながらに
差別だと感じ、悲しかったのを覚えています。)

ポテチに限らず、スナック菓子は今でも少し特別なお菓子です。
今では「太るから」という理由で食べるのを控えていますが、
旅行やお呼ばれなどの時には気にせず食べよう!と決めています。
[2014/03/23 19:24] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
スカートへの抵抗感
かわいい服のことを書いていて思い出したことがありました。
 
私はスカートをはくのにずっと抵抗がありました。
スカート=かわいい女の子がはくもの という思い込みが私の中にあったからです。
「私はかわいくないから、スカートをはいたら変だと思われる」と思っていました。

でもスカートはずっと好きでした。服屋さんでスカートを見るたびに「いいなあ」と思いつつ、
「私には似合わない」と思って買うのを諦めていました。

私がスカートを買うのを諦めた理由はもう一つあります。
それは、試着が苦手だということ。

スカートに限らないのですが、私はお店に行って鏡の前で服をあてて見るのを恥ずかしいと感じます。
だから試着する時はほとんど試着室に入ります。

鏡の前で当ててみる時に人から「あんな服似合わないのに」と思われるのではないか、と思ってしまうんです。
(被害妄想爆発ですね^^;)

今ではスカートをはけるようになり、気分が良ければ人前で服をあてることもできるようになりました。
 
思い込みと分かっていても、それを打ち破るのは難しい。
その思い込みがどこから来たものか分かれば、打ち破るのは簡単なのかもしれませんが・・・。
まだどこから来たのか納得できる答えは出ていません。
 
自分にかけた制限に気付いて、一つずつはずしていくことができれば
被害妄想や嫉妬にとらわれずにすみそうです。

  
 

 
 
[2014/03/21 12:55] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
親に言って欲しかったこと
気分が落ちているので愚痴ります。
暗い文章なので、苦手な方はスルーをお願いしますm(_ _)m












 
 
あなここメンバーさんのブログを読んでいます。
読んでいると涙が出てきて、辛くて読めなくなることがあります。
 
その中で感じること・・・。
みなさんお子さんを大事に思い、幸せになってほしいという思いが強く伝わってきます。
本当に息子さん、娘さんを愛していらっしゃるんだなあと感じます。

そんな愛情あふれる言葉に出会うたび、自分の親にもこんなふうに思ってほしい!と思います。
私の親も私を愛していないわけではないでしょう。でも、それが表に出てこない。

私は子どもがいないので、親の気持ちは想像することしかできません。
私の親は厳しかったですが、私たち姉妹が不自由な思いをしないように
一生懸命やってくれました。それには感謝しています。

でも、同時にどうしてこんなに苦しまなければならないのか、
もっと健全な家庭に生まれていれば・・・とも思ってしまいます。
 
幸せな記憶、暖かい記憶もあるはずなのに、なぜか叩かれた記憶、
怒鳴られた記憶ばかりがよみがえり、与えられなかったものを数えてしまいます。

私は家族と暮らしているのですが、一緒にいることを苦しく感じます。
顔を見れば「なんでしてくれなかったの!」と言いたくなります。
だからなるべく顔を合わせないようにしています。
妹は現在離れて暮らしています。家族の監視が届かないところで・・・。
それをうらやましいと感じてしまいます。

私が自立できたらこのような思いはなくなるのでしょうか。
答えが見つからなくてとても苦しいです。
でもここで吐き出したことで少し楽になりました。

愚痴ばかりで暗い文章になってしまいました。
最後まで読んで下さり、ありがとうございます。
 

 
[2014/03/20 19:15] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
人の幸せが私の幸せ?
昨日のセッションで、りんりんさんに「何が今一番困ってる?」と聞かれました。
私は「仕事に就けないこと」「他人に嫉妬すること」と答えました。

私が希望するのは、人を助ける仕事。困っている人の助けになりたい、という思いは昔からありました。
できれば心理関係の職に就きたいと思っていました。

なぜ人を助けることにこだわるのか。りんりんさんに言われたのですが、
過去に自分が助けて欲しかったからではないかと。
人を助けることで助けてもらえなかった過去の自分を助けられるような気がするのかもしれません。

私は今まで人の幸せが自分の幸せだと思っていました。
でもそこには大きな落とし穴があったような気がします。
 
私の中には(自覚はなかったのですが)「人を助けるためには自分を犠牲にしなければならない」
という思い込みがありました。
それが顕著に表れたのが家族でしょう。

私は自分を犠牲にして家族のために尽くしている。
家族が笑顔になってくれたら私は幸せ。と本気で思っていました。
だから妹が困っていれば助け、優しい姉のふりをしてきたのです。
家族の幸せが最優先で、自分の幸せは置き去りにされていました。

でも無意識では置き去りにされた自分が静かに怒りをためていました。
「なぜ私ばかりが頑張らなくてはいけないの」
「妹は自由にしていてずるい」
 
そして不自由な自分に気付いた時、無意識下でたまっていた怒りが爆発しました。
私は妹だけでなく、全くの他人に対しても嫉妬するようになりました。
街を歩けばカップルが楽しそうに手をつないで歩いています。
それを見ると私の心は嫉妬でいっぱいになります。
「私だって手をつないで歩きたい」「ずるい」
そうしてそんな自分に嫌気がさします。

昨日のセッションではりんりんさんにもその気持ちを向けてしまいました。
あとでそれが私の思い込みだったと分かり、
相手のことをよく知らないまま嫉妬していた自分が恥ずかしくなりました。
 
 
嫉妬の気持ちがあるうちは人の幸せを心から願うことなどできないのかもしれません。
人の幸せを喜ぶ気持ちとうらやましく思う気持ちの間で葛藤することになるでしょう。
ひどくなればせっかくの幸せを壊したいなどと思うようになるかもしれません。

私はまだ自分が何者なのかつかめていません。何が好きで、何が嫌いで、
何に怯えているのか、何が不自由なのか、はっきりと分かりません。

セッションを通じて一つずつ明らかにしていきたいです。
[2014/03/20 11:07] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
妹と恋愛依存 2
前回の続きです。
  
前回も書きましたが、妹は社交的で遊ぶのが好きです。
だから自分の付き合う相手にも同じように求めます。
(過去付き合ってきた人は妹の要求に疲れ果て、離れていきました)

妹の今の彼はアウトドア派で、休日には必ず妹を連れて外出します。
妹はそれが嬉しくてたまらない様子で、よく彼の話を私にしていました。

でも私はそれがとても辛かった。
私の彼は仕事柄休日が不規則で、予定が急にキャンセルになることが多く、
その度に私は寂しい思いをしていました。
そんな時に、妹は彼との話を楽しそうに聞かせてくる。
今までの人とは違うとべた褒めです。

妹は車の運転ができないのでいつも彼が家まで送り迎えをしていました。
妹の楽しそうな様子を見るのがたまらなくて、一人家にいる自分がみじめで、
妹への憎しみがどんどん膨らんでいきました。

妹への嫉妬をきっかけに、私はこれまでの自分と妹を振り返るようになりました。
振り返ってみると、妹ばかりが自由な人生を送っているような気がして、
自分はやりたいことを抑えて家族のために尽くしてきたように思えて、
(実際には自分で家にとどまることを選んでいたのですが)
とてもみじめだと感じるようになりました。

どうして私ばかり自分を犠牲にしなければならないの、
どうして妹は自分勝手に生きることが許されているの、
と、自分の不自由さを周りのせいにしていました。

そうして自分が自由になれない辛さを彼にもぶつけるようになりました。
妹が憎い、家族が憎い、幸せそうな人を見ると嫉妬してしまう、
そんな自分が嫌い、苦しくてたまらないと、毎日のように呪いの言葉を吐いていました。
  
彼には本当に感謝しています。私の際限ない愚痴を、さえぎらずに聞いてくれました。
私も苦しかったですが、毎日愚痴を聞かされる方はもっときつかっただろうと思います。
 
正直今でも妹への憎しみは変わっていません。
自分の不自由さも残っています。
自由に、幸せそうに生きている人をみると勝手に嫉妬してしまいます。
幸せそうに見える人が本当に幸せなのか、外から見るだけの私にはわからないのに…。
その嫉妬を手放すには自分が自由に生きるしかないのでしょう。

私と妹は正反対ですが、私も妹も立派な?恋愛依存です。
そういう意味では似た者同士です。
 
[2014/03/19 20:03] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
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