FC2ブログ
プロフィール

あかり *

Author:あかり *
FC2ブログへようこそ!

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

未分類 (234)
食レポ (0)

04 | 2014/05 | 06
S M T W T F S
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[--/--/-- --:--] | スポンサー広告
不幸に浸る
セッションできんたろうさんに「自分の不幸に浸っている」と指摘されてしまいました
でもその場では意味がよく分かりませんでした。

流れとしては、はじめにメンバーさんが配列を崩すのに苦労して、乗り越えようとしている話をしていました。
そのあときんたろうさんが私に配列を崩すための提案をしてくれたのですが、「それは不快が入るから無理です」とはねつけ、そうしておきながら「(不快を乗り越えるには)どうすればいいんですか」と逆ギレしました。

きんたろうさんに「さっき(メンバーさんが)あんなに苦労したのはスルーしてるの?」と言われたのですが、言葉の意味を理解しようとする前に「(スルーして)メンバーさんに失礼なことをしたかもしれない」という焦りで頭がいっぱいになってしまいました。
そのあと「自分の不幸に浸っている」「平気な顔して『どうすればいいんですか』と聞いてきた」と言われさらに落ち込み、完全に自分の世界に閉じこもってしまいました。

メンバーさんの話を聞いている時、配列を崩すことへの抵抗や苦しい気持には注目しながら聞いていました。
けれど私は文字通り「他人事」として聞いていて、自分と重ねながら聞く、という作業が抜けていました。

中身が違っても配列に苦しんでいるのは同じ。
配列を崩すための方法は提示されているのだから、それを選ぶかどうかは自分にかかっているんですね^^;
抵抗はあるけど、そこで逃げてしまったら何も変わらないし、自分が余計に窮屈になるだけ。
頭では分かっているんですが逃げ出したくなる、避けたくなる。

すぐに乗り越えるのは難しくてもせめて「不幸な自分」に閉じこもらないように心がけていきたいです。

スポンサーサイト
[2014/05/31 18:31] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
閉じた感覚
以前の私は「嫉妬」という言葉とは無縁で生きていました。
今では嫉妬のかたまりみたいになってますが^^;

嫉妬という感情が理解できなかったし、人をうらやむこともほとんどなかったと思います。
(うらやむことはなかったですが、劣等感は常につきまとっていて、人と比べては自分はだめだと落ち込んでいました。)
人の幸せが自分の幸せだと本気で信じていて、そんな自分を「いい人」だと思いこんでいました

それは自分しか見えていなくて、感覚を麻痺させていたからだろうと思います。(今でもまだ麻痺させている部分は多いと思いますが・・・)
前にちえさんに「人が見えるようになると嫉妬するようになる」と言われましたが、その意味がようやく分かってきました。

感覚を麻痺させていた頃は、自分の見る世界に薄く膜がかかっているような感覚に陥ることがよくありました。(乖離というのでしょうか)その時は自分の脳がどこかに閉じ込められていて、自分がロボットになったような、自分の手足が自分のものでないような奇妙な感覚に襲われました。その時は不思議とテンションが高くて、どんどん動くことができました。

今ではほとんどその感覚はありません。現実感があって、自分が「生きている」という感覚がしっかりと感じられます。
自分だけの空想の世界に逃げ込むことも、本やマンガなどの物語に没頭することもほとんどなくなりました。
(当時は自分が本好きだからだと思っていたのですが、今思えば物語に没頭していたのは現実逃避の手段だったのだろうと思います。)

それと関係があるのか分かりませんが、最近とても疲れます。
無気力で、一日中体がだるくて動けないことも多くあります。

不快に感じられること、嫉妬を感じることが多いので、テレビもなるべく見ないようにしています。
それでも不快スイッチが入るようなことを思い出したりして一人でイライラしていることもあります。

楽になった感覚もありますが、神経過敏で前よりきついと感じることもあります。
まだまだフラットな状態には程遠いです。

[2014/05/29 00:56] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
眠ること
怖い夢の話で思い出しました。

子どもの頃怖い夢を見たら親の布団にもぐりこんでいたというのを聞きますが、私はそうした記憶がありません。
覚えていないだけなのかもしれませんが、誰かと一つの布団で眠るという発想自体がありません。

彼に怖い夢を見たという話をした時、「子どもの頃は親の布団に潜り込んだりしたでしょ」と言われ、驚きました。
親の布団にもぐりこむ?そんなことしたら怒られるんじゃないの?と思いました。

眠っているところを邪魔したら怒られると思い込んでいたので、眠れない時は部屋に自分の布団を持ち込んで眠るようにしていました。

ここまで書いていて思い出しました。私も子どもの頃、一度だけ人と同じ布団で眠ったことがあります。

子どもの頃(小学4,5年くらいだったと思います)、地域の子どもたちと保護者で合宿をしたことがありました。
いわゆる「少年自然の家」というところで、親子別々で寝泊りをしました。

部屋にベッドがたくさんあって私は2段ベッドの上に寝たのですが、他人と一緒の部屋で寝ることに慣れていない私はなかなか寝付けず、心細い思いをしていました。
そこで同じ部屋で寝ていた妹の所へ行き、「一緒に寝よう」と声をかけました。たしかあの時は妹も眠れず困っていたような気がします。

幸いベッドは子ども二人が並んで寝ても十分な広さがあったので、その日は妹と一つのベッドで並んで眠りました。
眠れなかったのはベッドが広すぎて落ち着かなかったのもあると思います。
妹が隣に来た瞬間にとても安心したのを覚えています。
おかげでそのあとはぐっすり眠れました。
(次の日私たち姉妹が同じベッドで寝たことを知った友人には笑われましたが・・・。)
私が人と同じ布団で寝たのはその時だけだったと思います。

[2014/05/28 11:26] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
怖い夢
最近毎日のように怖い夢を見ます。

友人に嫌われ冷たくされる夢、巨大なタランチュラに追いかけられ必死で逃げる夢、そして昨日は母親が夢の中に出てきました。
夢の中の母親は実際の母親とは違う人でしたが、私はその人を母親だと思い込んでいました。また、祖母だとも思っていました。
(夢の話なので支離滅裂ですみません)

その人はとても冷たい目をしていて、私に「お前は幸せになる資格はない」と言いました。その人にはとても不幸な過去があったので、それで私にそう言うんだろうと思っていました。

目が覚めてからも恐怖が残っていて、じっと考え込んでいました。
考えていたらふと夢の中の母親と自分の姿が重なりました。

私が妹にしてきたことは、夢の中の母親と同じような気がします。
母親が家にいた間からいなくなった後も、私は自分が母親にされてきたことをそのまま妹にしてきました。

「お前は幸せになる資格はない」と言い放った夢の中の母親の感情は、そのまま私の妹への感情に重なります。
それをとても怖いと感じます。

実際に母親がこのように思っていたのかは分かりません。ただ私が幼いころに感じていた恐怖は夢の中で感じた恐怖と同じだという直感があります。

[2014/05/27 15:38] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
怒りの解放
セッションで妹への怒りをいつから感じるようになったか聞かれ、思いだしたことがありました。

妹への怒りは以前からあったのですがあまり長続きせず、爆発したらその場限りで忘れることがほとんどでした。
それが本格的に?妹を憎むようになったのは仕事をやめてからだったと思います。

私は以前勤めていた会社を辞めるとき、上司に向かって怒鳴りました^^;
その上司はセクハラまがいのことを繰り返していて、私にとっては我慢がならなかったのです。
その日とうとう我慢が爆発し、勢いで「もうやめます!!」と言って次の日に辞表を出しました。

家族以外の人に向かって激しい怒りをぶつけたのはこれが初めてでした。
不思議なことに辞めたからといって自分を責める気はほとんど起きず、むしろすっきりしていました
家族も私が仕事をやめたと告げても怒りませんでした。(その仕事は家族に反対されていたので、むしろ辞めてほっとしたのかもしれません)

妹への憎しみが募り始めたのはそれから数カ月後だったと思います。

その日から、怒りだけでなくいろんな感情を感じるようになった気がします。
友人と会うこと、話すこともそれまでは億劫だったのですが、自分から連絡を取るようになり、積極的に話すようになりました。
本を読んで登場人物に感情移入できるようになりました。

他人を怒鳴ったことと妹への憎しみと関係があるのか分かりませんが、私の中ではその二つがつながっているような気がしています。

[2014/05/21 15:01] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
家族からの頼みごと
家族に頼みごとをされると、どよよ~んと気分が下がります
手伝ってと言われると断れない。
断った時の罪悪感が辛いので、それを感じるくらいなら我慢して手伝った方がましだ、と思います。

今日は網戸の張り替えを手伝ってほしいと言われました。
時間にしてみれば10分もかからないような簡単な作業なのですが、言われた瞬間に気分がどよよ~ん・・・。

心の中は「え―めんどくさいなあ」と思いつつ、口では「はーい」と返事をしました。

以前りんりんさんに「家族内で(抗議の意味での)「えー」という言葉を使うことを禁止されている」と指摘されたことがありました。
嫌なら「えー」とか「したくない」と言えば済む話なのですが、それができません。
これを言うことができたら気分の落ち込みはかなり軽くなると思うのですが・・・

もうひとつ、私には「自分の予定を崩されることへの抵抗感」が強くあって、それもどよよんに拍車をかけている気がします。

私が家族に対して先回りして手伝いをしていたのは、手伝ってと言われることを避けるためと、予定を崩されないようにするための手段だったのかもしれません。

自分の罪悪感と不快を感じずにすむように(配列を崩されないために?)、どれほどのエネルギーを使ってきたのか実感しました。


あとで見に行ったら、すでに網戸は張り替えられていました。
祖母に聞くと「あんたが(頼んだ後)いなくなったから、父一人でやった」とのこと。
(違うのよ~  手伝うつもりだったけど面倒だから呼ばれるまで待とうと思ってたのよ)

以前の私ならここで「私が手伝わなかったのが悪いと言いたいわけ?!」と逆切れするか「一人でさせてしまった・・・」と自分を責めていたでしょうが、今回は一瞬イラッとしただけで終わりました^^

なんだよ~私がいなくてもできるんじゃん、と肩の力が抜けました。

家族も自分も責めずに済んだ、ちょっと成長したかな?^^
[2014/05/18 14:39] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
スキップ
きんたろうさんに「スキップしてみて」と言われ、拒否し続けて10日以上。
やっと今日、家の廊下でこっそりやってみました。

たしかに楽しい・・・気がする。
一瞬気持ちがふわっとして、次の瞬間頭の中で「何バカなことやってるんだろう」という思いがでてきました。
恥ずかしさと自己嫌悪で少し落ち込みました

誰も見てないのに・・・。なんでこんなふうに感じるのか不思議です。
なぜたかがスキップくらいでここまで抵抗したのか、それも不思議です。

「やらされている」感じが嫌だったのか、あとで何か言われそうで嫌だったのか・・・。
下手だったら笑われるんじゃないかとか、そんな思いがあって緊張します。

スキップで思い出しました。
私は幼稚園の頃先生にスキップ名人だとほめられたことがあります。
みんなの前でお手本を見せたこともありました。

あの頃は楽しくできていたのに、今はう~ん。
「やって」と言われると緊張して力が入ります。

誰もいないのに誰かの視線を感じる。
ちょっとホラーです^^;

[2014/05/15 16:40] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
同調すること
きんたろうさんに「友達に合わせているという自覚がない、欠損している」と言われました。

この前旅行に行った後ひどく疲れたのは、友人と合わせることにもエネルギーを使っていたからかもしれません。(以前のセッションでりんりんさんにも言われましたがピンと来ていませんでした)

友人が「あれ食べたい」といえば「いいね」と合わせる。そこに不快はありません。(マックの場合は抵抗感が大きいので不快を感じとることができましたが)

自分が何を食べたいのか分かっていない。自分が何が好きなのか分かっていない。
というより曖昧なままにしておこうとしているという方が近いかもしれません。

これが好き、これは嫌いと確定してしまうと、他人と摩擦が起きる。
自分が嫌いなものを他人が好きだと言って、同意を求められた時にどうすればいいのか分からない。
素直に嫌いだと言えない。意見が対立するのが怖い。

好きも嫌いもない状態で、「うんそうだね」と話を合わせている方が楽なんですね。
考える必要がない。機械的に笑顔を作って「うんそうだね」と言っていれば丸くおさまる。
でも無意識では抑え込まれたものがドロドロしていて、他人への嫉妬として表れているような気がします。

まずは自分が他人に合わせていることを自覚する、違和感を持つことから始めようと思います。

[2014/05/13 15:12] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
祖母のやり方2
前に書いたかもしれませんが、祖母は質問に答える時結論を言いません。

たとえば「買い物に行くけど、一緒に行く?」と聞くと
「別に買うものはないけど・・・」と言ってそこで止まります。

こちらとしては「だから?」と聞きたくなります。
行くということもあれば行かないということもあり、「行く?」「行かない?」ともう一度こちらが聞かなければならないのがイライラします。

前に「なんで結論を言わないの?!」と聞いた(問い詰めた?)時、「乗せてもらうから悪いと思って・・・」と言ったことがあり、自分で意思を出すのがためらわれるからそんな言い方になるのかなと思ったことがあります。

結論を言わないだけならまだいいのですが、場合によってはそこから別の話が始まったりして、結局何を聞きたかったのか分からなくなってしまうこともあります。
祖母がそのような話し方をすることに気付いたのは最近のことで、それまでは何とも思っていませんでした。

考えてみたらおかしなコミュニケーションだなあと思います。
意地悪い言い方ですが、自分で結論を出すと責任を取らなければならなくなるから相手に言わせようとしているとも受け取れます。

祖母には相手が見えていないのかも・・・と感じます。そしてそんな祖母と長く一緒にいた私も人が見えていない・・・。私が人を見れないのは祖母のせいではありませんが^^;

私も人に答えにくい質問をされた時、微妙に話の焦点をずらして答える癖があるようです。
無自覚でしたが、りんりんさんに指摘されて気付きました。

こんなところで祖母と似ている・・・。なんだか嫌な気分です。
[2014/05/12 13:38] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
ボランティア
前回の続きです。

大学生の頃、劣等感やプライドで固まっていた私が初めて他人に愛情を感じた出来事がありました。

それは、たまたま見かけた母校の小学校での学習指導ボランティアでした。
小学生のころは友達も多く楽しく過ごしていたので、その時に戻れるような気がして迷わず申し込みました。

ボランティアでは、低学年のクラスの子の学習指導をすることになりました。
私はその頃子どもが苦手で、どう接したらいいかわからなかったのですが、小学校低学年の子どもはまだ無邪気で素直な子が多くて、自分から私に話しかけてくれました。
おかげで私も戸惑うことなく子どもたちと仲良くなることができました^^

ボランティアは週に1回程度だったのですが、私が学校に行くと子どもたちが「先生~!」(子ども達の混乱を防ぐためか「先生」と呼ばれていました)とにこにこしながら駆け寄ってきてくれました。
みんな本当に可愛くて、いとしくて、「人を愛するってこんな気持ちなんだなあ」と実感しました。
今も書きながら顔がゆるんでいます

その子たちと接するうちに自信がついてきて、子ども相手であれば自分から話しかけられるようになりました。
その子たちのおかげで、今では子どもが大好きになりました

子どもは生きるのに本当に一生懸命なんですよね。一秒一秒を精いっぱい生きている感じがとてもいとおしいです。
私の心の氷を溶かしてくれた子どもたちに感謝しています
[2014/05/12 13:08] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
| ホーム | 次のページ>>
検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

QRコード

QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。