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妹の行く末
きんたろうさんに「妹は全く感情解放していない」といわれましたが、まだ納得できない部分です。
あんなにわがままにしてるのに感情解放してないの~??と言いたいですが・・・。

私自身ができていないので、感情解放した状態がどういうことなのか分かりません。

きんたろうさんに妹の行く末の予想を教えてもらいました。
(不快になる方がいたらすみません)


妹は今お姑さんのことで苦労しています。
家は別ですが、お姑さんの経営する食堂で働いているので、ほぼ同居状態です。
それは妹が選んだ道ですが、嫌ならばそこを出て二人で暮らすことだってできるはずです。でも妹は自分からは絶対に「出よう」とは言わないだろうと。
旦那さんにお姑さんの愚痴を言い続け、旦那さんが「出よう」と言えば出るかもしれません。

出たらターゲットは旦那さんになる。旦那さんに「分かってほしい」という思いをぶつけ、旦那さんがダメだと分かればターゲットは子どもに移る。
そして最終的には旦那さんに愛想を尽かされ、家に戻ってくるだろうと。

なぜ妹の行く末がそうなると予想されるのか、今の私には正直分かりません。
でもその予想を聞いて「いい気味だ」と思っている意地悪な自分もいて・・・。

この予想は母親と同じパターンです。
母親は姑との関係に苦しみ、その愚痴を夫である父親にぶつけました。でも父親は仕事に逃げて自分の話を聞いてくれない。だから不満を私たち姉妹にぶつけてきました。
母親の場合は、父親から家を出ようと言われたそうです。
でも、その言い方が「ばあちゃんが『二人で家を出たら』と言ってるんだがどうする?」と聞かれ、「この人は妻である自分より親を選んだんだ」と失望し、離婚を決めたそうです。
母親は「二人で家を出よう」と言ってほしかったそうですが、それを「親がこう言ってるから」、と親の意思として提案されたことにがっかりしたとのことでした。

母親は離婚した後しばらくはあちこちを転々としていたそうですが、今は実家に戻っているそうです。

妹も母親と同じ道をたどることになるのでしょうか。
もし妹が帰ってきたら私はどうするんだろう。
妹が不幸になるのは望むところですが^^;、巻き込まれていく家族を見てぶれずにいられるのか自信はありません。

分からないことだらけでまとまりのない文章になってしまいました。
私がもっと経験を積んだらいろんなことが分かるようになるのかな・・・。

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[2014/06/27 21:41] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
セッションできんたろうさんに「妹のほうが(私より)愛情をもらってなかった」と言われ、とっさに「認めたくないです」と否定しましたが、心のどこかで「そうかもしれない」という思いがありました。

母親は私から見たら妹ばかり可愛がっているように見えましたが、それは妹が母親にべったりだったから関わる時間が長かっただけで、決して愛情を注いでいたわけではなかったんだろうと思います。
あとは私が母親より祖母に懐いていたから気に入らなかったとか・・・。(祖母がそうなるように仕向けた可能性も高いですが)

私は母親が自分を嫌っていると思っていたのでそもそも母親には近づかなかった。その分ダメージは少なくてすんだのかもしれないし、母親にもらえなかった分祖母の愛情を受けることができたんだと思います。
妹は幼いころから祖母とそりが合わなかったので、母親に行くしかなかったのかもしれません。
でもどんなに甘えても母親から愛情をもらうことはできず、ときどき見せる優しさにすがりつくしかなかったのかなあと思います。
妹は居場所のない家庭の中で、母親とつながることでかろうじて自分の居場所を得ていたのかもしれません。

そう考えると妹は哀れだと思いますが、同時に「あなたは母親に甘えられていいよね」という嫉妬も生まれます。
頭の中ではその分祖母から愛情をもらったんだからいいじゃないか、という声も聞こえてきますがやっぱり母親の愛情がほしかったんです。
祖母には申し訳ないですが、私は本当は母親に甘えたかった。

私の嫉妬の根っこは自分の気持ちを自由に表現できなかったことにあるような気がします。
甘えたい気持ち、わがままを言いたい気持ち、それを制限してきたことへの不満、それを制限することなく出せている(ように見える)妹や一般の人がうらやましくて嫉妬してしまうのかもしれません。

[2014/06/27 11:20] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
聞きたくない
すみません、またまた愚痴です。

久しぶりに家族そろって夕食を食べました。
疲れました・・・

うちの家族の会話は途切れなくて、一人が何か言うとすぐに誰かが反応するので、常に声が飛び交っている状態です。
それも相手の話に反応しているようにみせかけて実際は自分の意見を述べていることが多いです。

本当に相手の話を聞いていたら、返事までに間があったり、「うん」とか「うーん」とか相槌のようなものが出てくると思うのですが、我が家の会話にはそれがありません。
話を聞く、というコミュニケーションが成り立っていない。とにかく自分の言いたいことを言うのが優先で、相手の話を聞いていないのだと思います。沈黙している時間が全くないんです。だから会話のペースもとても早いです。

これまでその会話に加わるためにどれほど自分がエネルギーを使ってきたのか、実感しています。
自分に関係ない話題でも聞き耳をたてるのが癖になっていました。
自分も議論に参加しなければ、という義務感のようなものがあった気がします。

我が家では食事中にテレビをつけているのですが、今日はテレビに集中して会話を耳に入れないようにしていました。
というより会話に集中しようとしてもできませんでした。
耳が聞くことを拒否している感じ。

それなのに祖母は時折私に話を振ってくるので(それも会話の流れとは全く関係ないことで)、その度に意識して話を聞かなければならないのでとても疲れました。

家族相手の時は意識していないとすぐに集中が途切れてしまいます。意識がどこかに飛んで行ってしまう感じがして、ぼんやりしてしまいます。
他の人相手だとあまりそういうことにはならないんですが・・・。

やっぱり耳が拒否しているんでしょうか^^;


[2014/06/26 20:25] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
偽善
「もやもや~」の記事を書いた後、急に寂しさに襲われ、涙があふれて止まらなくなりました。
なぜ寂しいのか分からず、小さな頃の自分を思い浮かべ、何が寂しいのか聞いてみました。
(こうすると自分の感じている気持ちが言葉にしやすい気がするので、最近試しています)
以下、私とその子の会話です。

小さな私「寂しいよう」
    私「寂しいんだね。何が寂しいの?」
小さな私「お母さんがいない。お母さんがほしい」 

そのあとは小さな私が私と一つになり、ひたすら寂しいと泣いていました。

次の日はりんりんさんとのセッションだったので、昨日感じた寂しさをりんりんさんに話しました。
あなここで見てもらえる経験をしたこと、それが今まで生きてきた家族の中にはなかったことに気付き、嘆いているのではないかと言われました。

今ほど見てもらえる感覚、愛情をもらっている感覚は、これまで家族の中では得られなかったものです。
母親は私に愛情を注ぐ余裕などなく、いつも自分のことで手いっぱいでした。子どもの頃は辛かったですが、母親がいなくなってからは悲しいと思わなくなりました。母親に対する感情が全て抜け落ちてしまっていました。

今ではメンバーさんにたくさんの愛情をもらい、私にとってはお母さんが何人もいるような感覚です。
でも本来その愛情はメンバーさんそれぞれの子どもさんに向けられるもので、私がもらってはいけないのではないか、と思っていました。
そのことをりんりんさんに話しましたが、話すうちに何かがおかしいという感じがしました。
りんりんさんに指摘され、私は子どもさんに遠慮しているのではなく、自分が愛情を失うのが怖いのだということが分かりました。
自分が怖がっていることを認めたくないから、遠慮という形でごまかそうとしていました。
そんな自分が汚い偽善者に思えて落ち込みました。

それを言うとりんりんさんが、
「ACはそれ(偽善)しか知らないからね。偽善もOK。みんな偽善で苦しんできた人達だから、誰も汚いとは思わないよ」
と言ってくれました。

りんりんさんが言った「母親は自分を見てくれる究極の人」という言葉も心に残りました。

その究極の人に見てもらえなかった寂しさが、積もり積もって私は嫉妬、妹は恋愛依存という形で表れたのかもしれません。

[2014/06/24 20:56] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
罪悪感
昨日の夜、食事を作ることを放棄しました。

いつもなら祖母に「今日は作ってもらっていい?」と頼むのですが、今回は何も言わずそのままにしていました。

食事を作る時間(これは私の配列でしょう)になっても祖母が外で畑仕事をしているのを見て、「私が作るからいいと思っているんじゃないか」と被害妄想と怒りがわいてきて、「もういい!今日は作るもんか!」と一人で逆ギレする形で部屋にこもりました

こもった後罪悪感がムクムクわいてきて、「おばあちゃんは疲れてるのに食事を作らせてしまった」「今日は休みの日なんだから食事ぐらい作らないと」という思いがありましたが、それも無視してピグで遊んでいました。

みんなが寝静まった頃、台所に行ってみると私の分だけラップをかけたお皿が置かれていました
それを見てまた罪悪感・・・。それと「私がいなくてもなんとかなるんだ」という安堵も感じました。

今日も朝から祖母が庭で畑仕事をしているのを見て、「昨日も何も手伝わなかったから、今日は何か手伝わないと」という罪悪感と、「また『疲れた』を連発するんだろうなあ」とうんざりする気持ちを感じました。

祖母への気持ちが毎日 好き⇔嫌い と行ったり来たりしています。
好きだと思ってそばで話していたら急に「もう無理だ~」と思って離れてしまったり(たぶん不快が入るんだろうと思います)
私の機嫌がコロコロ変わるので祖母も気を使うだろうなあと思うのですが、こればかりはどうしようもないんです
八つ当たりしないように、離れるときはそっと離れるようにしているのですが・・・。


相田みつをさんの言葉を思い出しました。

ひとりになりたい ひとりはさびしい

人の心って複雑です。
[2014/06/20 12:06] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
母親を求める気持ち
久々に妹ネタです。とげとげしい書き方になるので不快になる方がいたらすみません。
性的な話題に触れる部分もあるので、苦手な方はスルーをお願いしますm(_)m










妹は仕事も恋愛も転々としていました。
その理由が今になって分かるようになりました。

妹は「お母さん」を求めて渡り歩いていたのでした。
恋愛に関しては分かりやすく、相手の人に自分のすべてを受け入れてもらおうとして(いつも見てもらおうとして)重いと言われ別れることの繰り返し。

仕事に関しては、(これは本人が言っていたことですが)職場の年上の女性に「お母さん」を求めてしまうとのことでした。
つまり、母親と同年代の女性がいると甘えてしまう。その人に見てもらうことにばかり意識が行って、仕事が手につかなくなる。
仕事上の関係なのにそれを越えて仲良くなろうとして、距離の取り方が分からなくなる。
その結果会社を辞めさせられたり、相手の女性に気持ち悪がられて辞めざるを得なくなるというパターンが多かったようです。

妹は甘え上手でしたから、はじめのうちはかわいがられるのですが、それがエスカレートしてきて仕事以外の所でもべたべたとくっつくようになります。
普通の人はそこで違和感を覚えるでしょう。仕事上の関係なのだからそれ相応の距離の取り方というものがあるはずなのに、妹はまるで恋人同士でもあるかのようにべったりとくっついてくる。

女性が相手の場合は「なんか変な人」程度ですまされるのですが、相手が男性の場合は大変でした。
一度は妻子ある男性と不倫のような状態に陥ったこともあったようです。
このようなことは大学の頃からあったらしく、仕事場の上司にストーカーのような行為をされたと相談を受けたこともありました。

この「甘える」という行為、どうやら妹は無意識のうちにしていたようです。

私は誰かれかまわず色気を振りまく女性に嫌悪感を覚えるのですが、中でも特に清楚を装って男性に近づく女性は全く受け付けません。
妹を思い出してムキ―っとなってしまいます^^;

そこには嫉妬も多分にあります。
自分は母親に甘えたくても甘えられなかった。
妹が母親に甘えてお菓子をもらったり、かわいがってもらうのを見ては悲しい思いをしていました。

私にできないことができる妹がうらやましくて、悔しくて、甘えることで愛情を勝ち取ろうとする妹をけがらわしいと見下すことで自分のプライドを保ってきました。

母親のことを覚えていないのは恐怖から来るものだと思っていましたが、甘えたい気持ちを感じないようにするためでもあったのかもしれません。
妹は早くから自分の中の「母親を求める気持ち」に気付いていたんだなあ・・・。
妹のほうが問題は表面化していましたが、その分感情の解放は妹の方が早かったのかもしれません。

悔しいです!!
[2014/06/19 21:42] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
もやもや~
前回の記事を書いた直後からもやもやしています
あれあれ~なんか変。

もしかして私は自分の気持ちにウソをついている?
前回の記事を書きながら考えがまとまらない感じはしていました。きっと疲れているんだろうと思っていました。

今は寂しくて涙が出ています
しばらく忘れていた嫉妬がよみがえってきて、久々に妄想がぐるぐるしています
職場の人と付き合うのにそれほどエネルギーを使っていないと思っていたけど、実は無理して明るく振る舞っていたのかもしれません。不快もたくさん抑え込んでいた気がします。

初めての職場、初めて会う人達なのだからエネルギーを使うのは仕方ないとしても、疲れとは違う何かがあるような気がします。
旅行に行った時のようにタイムラグが起きているのかも・・・。

書いているうちに気持ち落ち着いてきましたが、もやもやの正体をはっきりさせないと出社拒否したくなります
困った・・・。

[2014/06/19 00:01] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
仕事が決まりました
やっとお仕事が決まりました
週3日で、受付のお仕事です。

本当は1人でするのですが、今はまだ仕事を覚えていないので、2人体制でしています。
働くのは1年半ぶりなので体力的、精神的にもつかな~と不安だったのですが、今のところ楽しくお仕事をしています。

私に仕事を教えてくれる人は1つ下の女性の方なのですが、とても明るく、話しやすい方です。
でも今までの私だったらきっと気後れしていたと思います。

私は話すのが苦手だから一緒にいても楽しくないかもしれない、二人きりだと気を使うとか色々考えていました。
話を合わせなきゃと思って無理をして、無駄にエネルギーを使っていただろうと思います

今のところそれほどエネルギーを使っている感じはありません。
相手の方が私に合わせてくれているのかもしれませんが^^;

明るく気さくだけれども、プライベートな話をどんどんするようなタイプではなく、人との距離をきちんと守れる人なんだなあと感じています。
かといってただのいい人というわけでもなく、「私あの人苦手なんですよね」とか「○○さんにこんなこと言われて腹が立った」など、愚痴?もサラっと言います。

私から見ると「え―こんなこと言って大丈夫なの?」とびっくりすることもありますが、これが普通の感覚なんだろうなあと思いながら聞いています

これまでの私だったらうまく話せない自分に自己嫌悪、そして自分とは合わないと相手を遠ざけていたでしょう。
明るい人はまぶしい(自分は話下手だから嫌われる)、愚痴を言う人は怖い人(自分のことも陰で言っているかも)、気さくな人はプライベートなことをどんどん聞いてくる(プライベートはなるべく隠しておきたい)、年下の人は気を使う(自分は上なのだから相手よりできて当然⇒できない自分に自己嫌悪)・・・。
こんな思考回路を持っていたので、人と付き合うのがしんどくてたまりませんでした

変なプライドと被害妄想で自分を塗り固め、たか~い壁を築いて誰も近づけないようにしていました。
うすうす気づいてはいたものの、どうすればその壁を壊せるのか分からず、「私は人づきあいが下手なんだ」とあきらめていました。

この3カ月半の間にあなここで配列を崩し、メンバーさんにたくさんの愛情をもらい、自分が緩んでいくのを実感しています
これからたくさんの壁にぶつかることになるでしょうが、前ほど怖いと思わなくなりました。
人を頼れる、感覚を共有できる安心感が前に進む力になっています。


[2014/06/18 21:08] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
祖母の作るお菓子
好きなお菓子探しをはじめてから、食べたいと思うものが変わってきました。

今日は祖母が私の好きなきな粉をまぶしたお菓子を作ってくれたのですが、ご飯でおなかいっぱいで食べられませんでした。
祖母は案の定「せっかく作ったのに食べないの?」と聞いてきました。「おなかいっぱいで食べれない」と答えたのですが、すぐに冷蔵庫の中にドーナツがあったのを思い出しました

その瞬間に「ドーナツ食べたいなあ」と思いました。
祖母には「おなかいっぱい」だと言ったはずなのに、ドーナツは食べたいという矛盾^^;
きんたろうさんの「うそつき」という言葉を思い出しました。

私は祖母の作るきな粉のお菓子が好きだと思っていたけれどそうではないらしい・・・。
そのお菓子が好きなのではなく、祖母が作ってくれるから好きなのかもしれません。

祖母が私を喜ばせるために作ってくれる、そこに祖母の愛情を感じていて、それを受け取って好きだったんだろうと思います
食べなくても怒るわけではないですが、せっかくの祖母の気持ちを受け取らなかった罪悪感は生じます

祖母は好きだけどお菓子は好きじゃない、今まではその区別ができていなかったんですね。
今は区別できますが、今度はそれをどう伝えればいいのか分からない

伝えようとしても祖母には伝わらないでしょうし、今まで喜んで食べていた事実もあるわけで、いまさら「好きじゃない」とは言えないし・・・。
しばらくはうそつきが続きそうです^^;

[2014/06/17 13:18] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
見守られる感覚
今月に入ってメンバーさんとボイスする機会が増えました。
直接お話しすることでよりメンバーさんの存在が身近に感じられ、感覚を共有できる嬉しさや安心感を感じています

開いた感覚、緩んだ感覚がなんとなく掴めるようになってきたのですが、それに伴って閉じた感覚も分かるようになってきました。
家族相手の時は閉じています。
閉じているというか、私の場合は防御姿勢に入るというか・・・。

前にも書きましたがうちの家族には気持ちに寄り添うとか、気持ちを受け止めるというコミュニケーションが希薄です。
気持ちを表現してもスルーされる。あるいはその気持ちに対して「そう感じていてはいけない」と批判される。

それが分かっているのでなるべく家族とは関わらないようにしているのですが、どうしても話さなければならない場面もあって、その時にはギュッと肩に力が入ります。
緩んではいけない、開いてはいけない。緩んだ状態で感情を見せてしまったら攻撃される。
家族には当然攻撃する意図はないのですが、干渉、侵入、批判が私には攻撃と感じられます。

なので家族と接する時はとてもエネルギーを使います。
さきほども叔母からのメールのせいで(あえて「せいで」と書きます)開いていた感覚が一気に閉じられてしまいました
叔母にしてみたら何のことはないメール。でも私とっては恐怖のメール。
私が反応したのは「いや・・・そういうことじゃなくて・・・。」という部分。その前のメールで、叔母の意図を間違って受け取ってしまったのでそんな返信が来ました。
とっさに叔母を不機嫌にさせたという思いがわきあがり、同時に叔母への恐怖がよみがえりました。
見るたびに気分が落ちるのですぐに削除しました。

タイトルと話がずれてしまいました。
メンバーさんとお話しするときに感じるのは「見守られている感覚」。私の感情を否定も批判もしない。「感じてはいけない」というメッセージがない。私が何を感じているか、そこに興味を持ち、聞こうとしてくれるのがとても嬉しいです
だからこそ自分の感じていることを素直にお話することができます

家族は監視。見守られているというより見張られているという感じがします。
私に対しては柔らかくなってきましたが、家族同士のコミュニケーションは相変わらずスルーと批判の応酬。
聞いているだけでうんざりします

すみません、安心感について書こうとしたら愚痴になってしまいました

最初に言いたかったこと。
あなここの皆さんにたくさんの安心感をもらっています
もらうだけでなくお返ししたいと思っています。まだまだ自分しか見えない私ですが^^;
もらったたくさんの愛情をお返しできるように頑張ります

これからもよろしくお願いします
[2014/06/14 14:11] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
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