プロフィール

あかり *

Author:あかり *
FC2ブログへようこそ!

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

未分類 (234)
食レポ (0)

07 | 2014/08 | 09
S M T W T F S
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[--/--/-- --:--] | スポンサー広告
私の自虐フィルター
ちえさんの嫌な過去を忘れていく仕組みについての記事を読んで、なるほど~と思い、私はどう感じるか考えてみました。
私なりの感覚で書いてみます。

私の中には3人の私がいます。
第1の私は絶対的な正しさを持つ私。私の行動を常にチェックし、正しいか正しくないかで判断し、正しくなければ徹底的に責めまくります。
第2の私は行動する私。生活の場面において、人と接したり考えを行動に移す、人から見えている部分の私です。

第3の私は責められる私。第2の私が行動することによって第1の私が判断を下し、その結果として生み出された私です。

実際には第2の私と第3の私はほぼ同じという感覚ですが、第2の私は第1の私に責められたことを受け止めきれないので、第3の私に押し付けて自責の念を感じないようにしています。
第3の私は、第2の私が生活する上で支障が出ないように生み出されたものだといえます。

生活の中でいちいち自分を責めていたら身がもちませんし、行動が遅くなってまともに生活できなくなります。
なので第2の私は第3の私に羞恥心や恐怖などの負の感情を押し付け、自分と切り離すことによって感覚を麻痺させて生活している状態です。(恥ずかしいと感じたこと、怖いと感じたのは自分じゃないと思い込もうとします。)

なにかあるたびにそうやって感覚を麻痺させてきたから、嫌な過去も記憶もなかったことにしてしまう仕組みができたのかな~という気がします。
第3の私は普段は私の中で眠っています。第3の私をはっきりと意識することは自分ではとても困難です。
自分にとって受け入れがたい過去や忘れたい記憶などを思い出さないように、自分を守るためにあえて普段は第3の私を忘れて生活しているのだと思います。

それが不意に出てくるのが、過去の嫌な記憶を呼び起こす場面に遭遇した時です。
先日の怖いお客さん、私の嫌いなお客さんなどに出会ったときに感じた恐怖は、第3の私が感じてきた恐怖なのだろうと思います。

自分にとって思い出したくない過去も、認めたくない汚い部分も全部ひっくるめて自分だと言えるようになれたら、第3の自分も自分自身だと認めることができたら、フラットな状態で人と接することができるような気がします。
スポンサーサイト
[2014/08/27 03:43] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
自虐
この前、私と年の近い同僚の女性と2人で店番をしていた時のこと。
50代くらいの男性のお客さんがやってきました。

その人は常連さんで会社を経営していて、調子のいい営業的なしゃべりが特徴的な人でした。
私はそのお客さんがはっきり言って嫌いです。
作り笑顔で見え透いたお世辞を言って、その笑顔の下に本心を隠す、それが透けて見えるのが不快です。
誠意が感じられない、人を馬鹿にしているように見える。相手が自分にとって価値があるか否かで判断し、価値がないと判断した相手には適当に流すように見えます。(私の偏見です)

私が嫌っていることが相手にも伝わっているのでしょう、そのお客さんも私に笑顔は向けますが、態度からどこかよそよそしさを感じていました。

その人は入ってくるなり同僚の女性に「今度2人でご飯食べに行こうよ」と言いだしました。

同僚の女性はニコニコ笑顔で「え~おごってくれるんですか?」と答え、私に向かって「○○さん、一緒に行きましょうね」と言いました。
その瞬間、男性がひるんだのがわかりました。

でもすぐに「俺は一人ずつ誘うんだよ。1対1がいいな」と言いだし、しつこく同僚の女性にせまっていました。
同僚の女性も笑顔で「え~みんなで行きましょうよ。おごってもらいますよ~」などとかわしていましたが、私には2人の会話が恐ろしく感じられました。
笑顔で、言葉による駆け引き。欲望と本心とが入り混じってドロドロして、でも表面上はにこやかに会話している。そのギャップと(私にとっては)高度な会話術に圧倒されました。

と同時に、私は自虐モードに入っていました。

この男性は私を嫌っている。頭の中で「お前なんかお呼びじゃないんだよ」「引っこんでろ、ブス」「ついてくるな」「邪魔するな」といった声が聞こえてきて、人が怖くなりました。

その日の夜、彼にその日あったことを泣きながら話しました。
自信をなくしてしまったこと、同僚の女性と自分を比べて落ち込んだこと、差をつけられて悔しかったこと、屈辱的だったこと・・・。

そうして話しているうちに、自分が過去に受けたいじめを思い出して怯えていることに気がつきました。
私は中学から高校までの6年間、クラスの一部の男子にいじめられました。
ばい菌扱いされ、気持ち悪いと言われ、自分は男性から見たら気持ち悪い存在なんだと思い込むようになりました。

大人になってしばらく忘れていたのですが、その男性の態度が中学生のころ私をいじめていた連中と重なったのだと思います。
男性は女の子を勝手にランク付けすると聞いたことがありますが、そういった男性の性的な視線が女性の価値を決めてしまうことへの嫌悪感、露骨に女性性を否定されることへの嫌悪感ではないかと言われました。

私はそのお客さんから見たら女性としての魅力に欠けている、地味で暗いから誘いたくない。
同僚の女性は明るくて話が上手だから、ぜひご飯を一緒に食べに行きたい。

実際そのお客さんがどう思っていたのかは分かりませんが、私はお客さんの態度から頭の中で自虐モードに言葉を変換していました。
先日別のお客さんに怒鳴られた記憶もまだ生々しい中で、追い打ちをかけるようなできごとでした。





[2014/08/27 02:49] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
感覚の違い
先日の怖いお客さんのことを同僚に話してみました。
すると、その人も別のお客さんに同じように怒鳴られたことがあると言っていました。

そして一言、「いろんな人がいますよね~」と。
そのあとは普段通りのテンションで話をしていたので、私が怖くないか聞いてみると、怖いけど「ここにもいたか」って思う、との返事が返ってきました。

びっくり!!
私は一度怒鳴られただけでお客さん全てが怖くなるほど怯えているのに、普通の人は軽く流せちゃうの?!
なんなんだ、この違いは!!

これが普通の感覚なのか~とショックを受けました

[2014/08/25 11:45] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
恐怖と怒り
先日怒鳴ってきたお客さんのことを考えていて、ふと「自分と似ている」と感じました。
私は誰彼かまわず怒鳴ったりはしませんが、家族に対しては威圧的な態度で、自分が気に入らないことがあると(自分のルール、配列が崩されると)どなり散らしていました。

自分なりに整えていたものが家族に崩される恐怖(肉を切ったまな板でそのまま生野菜を切る=食中毒になるかもしれないといいう恐怖、黄砂の季節に洗濯物のほこりを払わないまま取り込む=体に悪いものが入ってくるかもしれない恐怖)が根底にあって、それを刺激した家族に対して怒っていました。

その人ももしかしたら心の中に常に巨大な恐怖があって、それに無意識のうちに怯えているからあんなにイライラして誰彼かまわず当たり散らさないと気持ちがおさまらなかったのかもしれません。

はた迷惑だな~と思いましたが、考えてみたら自分も家族にとってははた迷惑なことしてたんですよね^^;
その時は自分が怯えているなんて思いもしなくて、ルールを守らない家族が悪いと思い込んでいました。
同時に神経質な自分を責めていました。

なんて窮屈な生き方をしているんだろう。自分も、その人も。
そう考えると「かわいそうな人だな~」と思えてきます。

でもやっぱり怖いものは怖い。

あの人もう来ないといいなあ・・・。
[2014/08/24 21:43] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
怖いお客さん
先日お店に来たお客さん(中年の男性)から突然大声でどなられました。
私がその人の質問に曖昧に答えたのが気にいらなかったようです。
そのあとは怖くて足が震えていました。

その日の夜、ちょうどアイさんとちえさんとボイスだったのでその話をしました。
自分が怖かったこと、そしてその人に対する怒りを話しました。

その人は明らかに私が答えられないであろうことを予想して、始めから威圧的な態度で質問してきました。
理不尽な出来事で、私はそれに対して怒っていました。

そして次の日、全く別のお客さん(お年寄りの女性)を前にして前日のことを急に思い出し、恐怖で頭が真っ白になりました。
その人は偶然機嫌が悪かったのか、あるいはもともと愛想がないのか、ニコリともせずに黙ってやってきて、机を指でトントンと叩きました。
それが私には「責められた」と感じられて、その瞬間に前日の恐怖がよみがえり、震えあがりました。

その人が帰った後も震えが止まらず、たまらなくなってりんりんさんにメールしました。
前日にあったことが怖くてたまらないこと、どうすれば怯えをなくせるのか聞くと、「こわかった と何十回も呟いてみて それから「くそじじい」と悪態をつき、なんで私が怒られんといかんのかい と怒ってみる この繰り返しで楽しく乗り切ろう」
と教えてもらいました。

ちょうど一人だったので「こわかった~」と小さな声で繰り返し呟いてみると、体の力がふっと抜けるのを感じました。口に出したことで怖がっている自分をはっきりと意識できて、怯えている自分がなぜかいとおしくなりました。

そうしているうちに自分は怒っていると思っていたけど、本当は怯えていることを認めたくなくて無理して意地を張っていたのかもしれないと思いました。




[2014/08/24 21:36] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
体験すること
先日トリプルでりんりんさんに自分で体験しないで理論を頭に入れようとしていることを指摘されました。

これは生活の中でも言われてきたことでした。
友人からは「石橋を叩いて結局渡らない性格」と言われ、家族からは頭でっかちと言われ・・・。

先に言い訳しておくと、こうなったのは私のせいではありません
これがしてみたいと言うと家族に「お前には無理だ」「してはいけない」と否定され続けてきた結果、自信をなくしてしまい、なにかをしようとするとする前に「自分にできるわけがない、やってはいけない」という思考が先に出てくるようになってしまいました。

妹は逆で、何を言われても自分がやりたいと思ったらやる性格でした。
そのため、妹自身が傷つくことも多かったのですが・・・。
行動力だけはピカイチでした。行動することによって分かったこと、身についたことも多かっただろうと思います。

私はそもそも行動しないので、欲求不満は溜まりますが傷つくこともありません。
傷つきたくないから行動しないことを選んできたのは自分です。それは分かっています。
でもそうさせたのは家族だと訴えたい

自分は動かないことを選んでおいて、動ける人を見ては嫉妬する・・・。
自分の言っていることが間違っていることは分かってるんですが、認めたくない~
やりたいことをするのは幸せな選択のように思えるのに1歩を踏み出すのが怖いです。
自由にやりたいことをするのは私の長年の夢だったのに・・・。いざ自由になってみると動くのが怖いと感じています。

りんりんさんにその恐怖は幻だと教えてもらいました。
幻だと分かっていても植えつけられた恐怖はなかなか消えません

動いた先には楽しいことが待っているんだと信じて、少しずつ頑張ります
[2014/08/15 13:58] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
めんどくさい作業
先日のGSの振り返りで、自分がしてきためんどくさい作業について話が出ました。

私は一時期自然食品にはまっていたことがあります。無添加、国産、無農薬・・・そういった言葉に敏感でした。
とはいえ物理的に生活の全てを自然派で貫くことは不可能なのでできる範囲で、石けんシャンプーを使ってみたり、無添加の食品を選んでみたり、おやつを手作りしていました。

その中でやってみたいと思ったのが自家製の味噌作りでした。
それも大豆から自分で育て、仕込み、発酵まで全て自分でやりました。

大豆は無農薬、無肥料。味噌作りに使う塩は国産の自然海塩。
というのが理想だったのですが、塩はなりゆきで普通の塩を使うことになったのですが・・・。

大豆は前年から自分の手で種をとり、自家採種で完全無農薬無肥料の大豆を育てました。
(大豆自体は放っておいても育つのでそれほど手はかかりませんでしたが)

そうやって2年かけて自分の理想の味噌を作りました。私の最大のめんどくさい作業です^^;
当時人からは「味噌を自分で手作りするんだ~すごいね~」なんて言われて誇らしく思っていましたが、今思えば自分が窮屈になる方向を選んで我慢を溜めこんでいただけでした

世間の人が楽しんでするような「自家製味噌作り」とは程遠いめんどくさ~い作業でした。

今度は楽しむために手作りしたいです。
[2014/08/14 14:24] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
表と裏の配列
先日の縦割GSで表と裏の配列の話が出て、印象に残りました。
表の配列が崩れると、バランスをとるように裏の配列が強化されるという話でした。

表の配列は見えやすい配列。
私の場合だと華やかさへの抵抗感や嫌悪感。(シャンプー、カップルへの嫌悪感)
好きなものを買わない、食べない。(買ってはいけない、食べてはいけない)

それが崩れたことで、私の裏の配列が強化されたとのことでした。
私の裏の配列は石けんシャンプーだそうです。

私が石けんシャンプーを使い始めたのは今から1、2年ほど前のことです。
ちょうど今の彼と出会った頃と一致します。

りんりんさんによると、私が彼と出会ったことで表の配列(華やかさへの抵抗感)が崩れ、その罪悪感を打ち消すために華やかさには程遠い石けんシャンプーを使うことで自分を戒め、バランスを取ろうとしたのだろうとのことでした。

最近は脱石けんシャンプーの配列崩しをしていますが、初めはとても抵抗感がありました。
香りが気になる、妹を思い出して嫌悪感など、色々な抵抗感が出て石けんシャンプーに戻ったこともあります。

りんりんさんに「わざと香りの強いシャンプーを選ぶことで石けんシャンプーに戻るように無意識に仕向けている」と言われ、自分ではそんな意識は全くなかったので、驚きました。

シャンプーを変えるときに感じた抵抗感は、配列を崩して次は何でバランスをとればいいのか分からない(どうやって自分を縛ればいいのか分からない)恐怖だそうです。

お菓子を買うこと、家族の目を気にせず自由に時間を過ごすこと、できるようになったことはたくさんあって、自分の自由度は確実に上がっているはずなのになぜかよけいに窮屈になった気がして苦しいと感じていました。
自由になったはずなのになんでこんなに苦しいんだろうと不思議に思い、イライラしていましたが、この話を聞いて納得できました。

表の配列を崩したことでバランスが崩れ、無意識のうちに恐怖と罪悪感が生じていました。それを意識できなくてモヤモヤしていました。
職場で怯えていたのは、「配列を崩したことで母親に責められるかもしれない」という恐怖を職場の人やお客さんにのせていた部分があったのかもしれません。





[2014/08/14 14:20] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
怯える
最近仕事で落ち込んでいました

接客業なので普通の振りをして明るく振る舞うことが必要なのですが、それに疲れる
常連さんが多い職場なので、2人で入っているときは、もう1人の人とお客さんとの会話に入れず気まずい
誰と話すときも緊張しているから軽口が叩けない=雑談がうまくできない
(同僚がお客さんとリラックスして話すのをみて落ち込む)

同僚と自分を比べてしまい、自分の「おかしさ」をひしひしと実感しています。
前にきんたろうさんに「俺が弁護士なら(私の)真面目さしか弁護できない」「欠損がすさまじい」と言われたことがありますが、それを実感する毎日です

普通の人は自然と身に付けられるものが、自分は努力しなければ身に付けられない。
自分がいかに普通の人とずれているかを感じるたびに落ち込みと怒り(嫉妬)を感じます。

りんりんさんには「(普通を)拒絶してきたのは自分自身だよ」と言われましたが、認めたくない~という思いが強いです。

落ち込んで被害者モードなので、他人の一挙一動、何気ない一言にも過敏になって、責められたと感じてしまいます。
お客さんにも職場の人にも怯えています。


[2014/08/14 03:43] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
家にこだわる理由
私は家族から「家を出て自由にしていい」と言われていたにも関わらず家に残ることにこだわっていました。

そこには「私は自由にしたいのを我慢して家のために尽くしている」と妹との違いをアピールしたい気持ちがありました。
そしてもうひとつ、家族に「私がいないと困る」と思ってほしかったのもあります。

私は必要とされることで自分の価値を確かめようとするので、自分が家の中に居場所を得て、存在価値を保つためには家族に私がいないと家が回らないと思わせる必要がありました。

でも昨日突然社員の一人が辞めることになり、私が正社員として働くことになりました。
そうなると家のことは祖母に任せるしかなくなり、私の家の中での存在価値が揺らぐことになります。
私の中には仕事を頑張りたいという思いと祖母への罪悪感と自分が必要とされなくなる焦り(これが本心)が生まれました。

そのことを祖母に伝えると、「(私にとっては)その方がいいんじゃない。」と応援してくれる言葉を口にしました。
でもその直後に「今日はふらふらする」と言われ、私は祖母に「あなたが働き始めて家のことをしてくれなくなったから私は大変なのよ」と責められているように感じました。
そして「口では応援しておきながら、やっぱり私を家に縛りつけておきたいんだ」と祖母への怒りがわいてきました。

祖母は何も考えずにそう言っているのかもしれません。
私が祖母の言葉に自分の願望(必要とされたい)を投影しているだけかもしれません。
もしかしたら祖母も無意識のうちに「(私が)手伝いをしないと困る」と思っているのかもしれません。

祖母の言葉に込められた意味を私が深読みして受け取っているだけなのか、祖母の隠された本心を私が感じとっているのかどちらなのか。
祖母の本心は知りようがありませんが、やっぱり私はまだまだこの家にこだわているんだなと実感した出来事でした。

[2014/08/11 00:59] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
| ホーム | 次のページ>>
検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

QRコード

QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。