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母親への怒り
緩んだ話の後に書くのは気が引けるのですが・・・。

今日母親に対して初めて怒りを感じました。
仕事中に、昨日のビールの話を思い出していたら、ふと母親が離婚を決めた時の話を思い出しました。

親は姑との確執に耐えかね、父親に相談したところ、「ばあちゃん(姑)が二人で暮らしたらと言ってるんだがどうする」と言われ、「この人は自分より親をとるんだ」とがっかりして離婚を決めたらしいという話を妹から聞いたことがあります。

今までは「母親も大変だったんだな~」「自分より親をとったらそれはがっかりするよね」と母親に同情していましたが、そのことを思い出して今日は怒りがわいてきました。

自分が子どもを虐待していること、子どもが毎日泣き叫ぶような異常な家庭を作っておきながら、その事実には全く目を向けず、自分の苦しみしか考えていない。
自分が子どもを苦しめているという自覚が少しでもあったら、「子どものためにも姑と離れて穏やかに過ごせるようにしたい」と思うのが自然な気がします。
でも母親は自分ががっかりした、離婚しようと決めた、それだけで、離婚したら子どもはどうなるとか「子どものために」という意識が全く感じられません。

本当は心のどこかで子どものことも少しは考えていたのかもしれませんが・・・。
妹は数年前に何か月か母親と暮らしていたことがあったのですが、結局追い出されたと言っていました。
それも妹が母親に依存していたからだと今までは思っていましたが、それだけではないのかもしれません。母親は今でも相変わらず自分の苦しみしか見えていないのかも…。

妹が母親のところにいた時、母親は「姉ちゃん(私のこと)が気になる」としょっちゅう言っていたそうです。
あんた(妹)は放っておいても何とかやっていくけど、姉ちゃんはそれができないから、と。
そして姉ちゃんに謝りたい、とも言っていたと聞きました。

妹は「お母さんは離れていても、自分たち姉妹のことをよくわかっている。離れていた時間が長かったのに驚くくらい自分のことを言い当てられた」と話していました。

それを考えるとまた母親に同情する気持ちがわいてきたり、気持ちが揺れます。

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[2014/09/23 21:10] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
お酒の記憶
ボイスの中で、お酒の話が出ました。
私が初めてお酒を飲んだのは学生の頃の歓迎会なのですが、その時初めてビールをおいしいと感じたことを覚えています。

その時の気持ちについて聞かれ、「緊張していました」と答えたのですが、緊張しているのにおいしく感じたのは不思議だという話になり、お酒への抵抗感がないということから、私の父親の晩酌の話になりました。

父親は昔からお酒が好きで、休みの前の日には必ず飲んでいました。かといって、飲んで暴れるわけでもなかったので、私の中でお酒に関して嫌な記憶はありません。

その話をしていた時、不意に思い出したことがありました。
私が幼いころ父親は瓶のビールを飲んでいて、その瓶の口からシャボン玉のような泡が出てくるのを私と妹で吹くのが楽しみでした。
泡が出てくると「吹かせて吹かせて」と言い、シャボン玉を吹くようにふーっと息を吹きかけていました。

その時の情景が、その時感じていたワクワク感とともに突然浮かんできて、自然と笑顔になりました。
その場にいたメンバーさんにも私のワクワク感が伝わったようで、楽しい気分になったと言われました。

今まで全く忘れていて、一度も思い出すことのなかった記憶ですが、私も父親も、おそらく母親も緩んでいた時間。
私は父親に愛情をちゃんともらっていたんだなあと実感しました。
ちょっとは父親に優しくしてあげようかな~と思います。
[2014/09/23 21:08] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
昨日は彼がうちに来る予定だったのが急にキャンセルになりました。

その知らせを聞いた瞬間、何も感じていませんでした。
分かったのはショックだということだけでした。

前日にメンバーさんとその話をしていたので、来れなくなったことを報告したらボイスをしようと誘ってくれました。

メンバーさんに(負の感情を感じたくなくても、感じている自分は確かにいて)吐き出さずにいたら無意識のうちに八つ当たりできるところを探してしまうと言われ、妹のことを思い出しました。
私が妹に当たるのは自分が無意識に我慢を重ねている状態のとき、我慢が限界に来た時、妹がどうしているのか家族に探りを入れ、憎しみや怒りを向ける正当な理由を得ようとします。
(以前からきんたろうさん、りんりんさんに妹への憎しみは自由にならないための言い訳だと何度も指摘されていましたが認めたくない部分でした)

ボイスの中で自分が感じていることを口に出してみようと言われ、自分の気持ちを探ってみました。
最初に出てきた言葉は「悔しい、寂しい」でした。

楽しみにしていたのに予定がなくなって悔しい、会えなくなって寂しい。
それを感じようとしたら強い抵抗感がありました。感じるのが怖い、感情に押しつぶされそう、自分では受け止めきれない。ザワッとして、思考停止状態になりました。

感情を感じることができない、感情が一致しないというのはこういうことか、と実感しました。

「行けない」と言われた時どんな感じがしたか聞かれ、ショックだと答えました。
その中身を探っていくと、悲しいという言葉が浮かびました。あと少しで手が届くと思っていたら消えた感じがする。
それを言いながらまた抵抗感がありました。それはいつもの「認めたくない、認めるのが悔しい」とは違って、「怖いから感じたくない」でした。

悲しみを感じようとすると恐怖がわいてきて避けてしまう。口では「悲しかった、寂しかった」といえるのに、そこに感情が込められていない感じ。
「楽しい、温かい、うれしい」は言葉と感情が一緒にわいてくるのに、悲しい、寂しいは感情が遠いところにあってつかめない感じ。

メンバーさんは「感情を感じたいと強く思う」と言っていましたが、私はまだ感じるのが怖いので感じたくないと思っています。
受け止める準備や覚悟ができたらメンバーさんのように「感じたい」と思えるようになるのかな。

[2014/09/21 16:14] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
気づき
私には人をコントロールしようとする癖があります。

妹が自由になっているのに嫉妬しているのは、自分が自由になれないのを妹のせいにしたいのと、妹が私の支配が届かないところに行ったことに怒っていたのかもしれません。
妹がだめならと、今度は彼をコントロールしようとしていました。

自分がいかに苦しいかを訴え、セッションに参加してほしいと巻き込み、こんな自分でも受け入れてもらえるか確認(というより「受け入れなさい、受け入れないと私どうなるかわからないわよ~」と無言の脅迫)をしていました。

りんりんさんに指摘され、それに気づいた時のショック。
そこから今度は「こんな自分だめだ~」と自虐モードに陥り、りんりんさんに「自虐に入るのは変わらないための言い訳」と言われ、目が覚めた気がしました。

とはいってもすぐに自虐から脱出できるわけではなく、気が付くと「こんな自分なんて・・・」と自分を責めていました。
メンバーさんにボイスをしてもらい、コントロールする自分は嫌だけど、そんな方法しか知らないから、どうすればいいのか分からないという話をしました。

その中で「(変わるのは)階段を上るばかりじゃない、下りることもあるよ。上ったり下りたりしながらでいい。」という言葉にはっとしました。

自虐の中で「変わらなくてはいけない、変われない自分はだめなんだ」と思い込んでいました。
すぐに変われなくてもいいこと、いきなり変わるのは無理なこと、前にもほかの人に言われたのにいつの間にか「変わらなくてはいけない」と自分を追い込んでいました。

下りることも後戻りすることもある、経験して乗り越えてきた人の言葉だからストンと胸に落ちました。





[2014/09/21 13:52] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
恐怖
子どもの頃の私にとって、動くこと(行動すること、感情を表現すること)自体が恐怖だったのだろうという気がします。
何か行動すれば母親の怒りに触れるかもしれない、それが怖いから動かずにじっと様子をうかがう癖がついています。

本当は自由に自分の気持ちを表現したいです。
たくさん愛情がほしいし、認められたいです。ほめられたいです。頭をなでて、ぎゅ~っとされたいです。

でも母親から愛情や温かさを感じたことはほとんどありません。(私の思い込みかもしれませんが・・・)
私の記憶の中の母親はいつもピリピリしていて、私が間違ったことをしないか(母親の怒りに触れるようなことをしないか)監視していました。
母親は本当は私に怒りをぶつけるタイミングをうかがっていたのかもしれません。
何の理由もなく八つ当たりすることは自分の良心が許さない、でもたまったイライラをどこかにぶつけないとおさまらない。
だから怒る理由を探してずっと私たち姉妹を監視していたのかもしれません。

妹はそんな母親の監視を感じていたのかいないのか、私から見るとずいぶん自由にしているように見えました。甘えることも、自分の欲求を表現することもなんの制限もなくしているように見えました。(妹は妹なりに不自由さを感じていたのかもしれませんが)

ずっとそれがうらやましかったんだろうと思います。
本当は私も妹のように自由になりたかった。
でも恐怖でいっぱいだから動けない。
その葛藤や苦しさを感じないようにするために自分が動けない理由を作り出していました。

自分が動きたいのに動けない苦しさを納得させるために、「自由に動くのは悪いこと」という理由付けが必要だったのかもしれません。

今でも「できない」理由をいっぱいくっつけて動こうとしない癖を指摘されます。
子どもの頃は動かないことが自分を守る方法だったのでしょう。でも今はそれが足かせになって、不自由感でいっぱいです。
不必要な癖はもう捨てたいです。

妹への執着も捨てたいです。私は妹が自分を苦しめているという思いを捨てきれません。
でも本当は私自身が妹の袖を引っ張って、自由にさせないようにしているのだと指摘されました。妹の袖を引っ張っている間は自分も自由になれません。
わかっているけど認めたくない。私は悪くない。妹が悪いと思い込みたいです。

妹の眼中に私はいないのに。いつまでも私一人がしがみついて苦しんでいるのはばかみたいです。
執着を捨てきれない自分に腹が立ちます。



[2014/09/17 02:18] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
我慢に気づく
先日のグループセッションで、我慢に気づくという話が出ました。

我慢している感覚がマヒしていて、自分が我慢している状態に気付かない、そこに気づいていくことがみんなの課題だと言われました。

正直我慢には気づきたくないです。
気づいてしまったら私は必ず人を恨むようになる。

今でもほかの人は当たり前に得ているものを自分は得られなかったと嘆いて人を恨んでいるのに、これ以上自分がみじめになりたくないです。

マヒしているままのほうが楽だなあというのが正直な気持ちです。

妹のことにしても、気づかないほうが楽だったなあと思う時があります。
妹も不自由だといわれると思い切り反発したくなります。

私のほうが妹の何倍も不自由に決まってる!
妹は不自由かもしれないけれど、今まで自分がやりたいことは周囲に迷惑をかけてでもやってきた。
私はやりたいことが何なのかさえわからないまま過ごしてきたのに。

比べても仕方ないけど。
わかっているけど。
それでも私の我慢に比べれば妹の我慢なんて、我慢のうちに入らない!
というか妹の辞書に「我慢」という言葉はあるんだろうか…?

話がそれました。

我慢に気づく…苦しいけど乗り越えないといけない課題です。

[2014/09/15 20:32] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
自虐と防御
私にとって自虐は自分を守る手段でもあります。

あらかじめ小さなダメージを日常的に自分に与えることで、突然の大きなダメージに備える意味があります。

熱いお風呂に入る前にかけ湯をして体を慣らすのと同じ感覚だと思います。

自虐モードの時は、痛みを感じる自分を切り離している状態(感覚を麻痺させている状態)なので、外から見るとぼんやりしているように見えるようです。


そういう時は記憶も曖昧で、人の話も聞けていない状態です。

自虐モードに入る瞬間を捉えることができたら修正することもできるのでしょうが…。

[2014/09/05 00:15] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
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