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家庭訪問のこと
今回の家庭訪問でもらった心遣い、あたたかさ、逃さずに受け止めていきたいです。

自虐に走ったのは、温かさをダイレクトに受け止められなくて、素直に表現できなくてすりかえているのだそうです。

ふわふわしていた、ぼんやりしていた、うっとりしていた・・・
その場にいる時間が短かったのは悔いが残ります。

でも、もらった温かさは憶えています。それをちゃんと言葉で伝えたいです。
嬉しかったこと、今から表現していきます。






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[2016/10/19 00:51] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
うっとり
「求めても返ってこないからあきらめた」と、我慢や感覚を麻痺させた自分を表す言葉として何気なく使いました。

でもそれは自分もやっていること。

おあずけの連続で、どれだけ待ってもらっているのか。
それを棚に上げて「我慢している私はかわいそう」とうっとりしていました。
それが言葉に表れていました。
[2016/10/19 00:08] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
重ねるということ
今度小倉に友達に会いに行くという話を同僚にしました。

すると、同僚は小倉に思い出があると話してくれました。
小さいころ、おばあちゃんの家が小倉にあって遊びに行っていた。当時は小倉駅にからくり時計があって、それを見に行くのが楽しみだったと、懐かしそうに話してくれました。

その話を聞きながら、私も自分が小さい頃のことを思い出しました。
私が子どもの頃、休みの日に父親と母親と妹と家族4人で大きな公園に出かけていました。
そこにはからくり時計があって、時間になると音楽が流れて中から人形が出てきて踊る仕掛けになっていました。

私と妹はそれを見るのが楽しみで、休みの日には「からくり時計見に行こう」と両親におねだりしていました。
公園につくと(当時はまだ時計が読めなかったので)「(人形は)いつ出るの?出るときは教えてね」と両親に何度も確認していました。

きっと子どもの頃、同僚も同じ気持ちを味わっていたのでしょう。
同僚のワクワクする気持ちと自分が子どもの頃のワクワクする気持ちが重なり、とても温かい気持ちになりました。
場所は違うけど同じ情景を見ている、同じ気持ちを味わっている感覚は気持ちよかったです。

一般の人はきっとこんな楽しい記憶がたくさんあって、人の話を聞きながら引き出しから取り出して相手と情景を重ねる作業が自然にできるんだろうなと。
自分はその記憶が人より少なくて、あっても思い出すことができなくて、だから重ねることができなくて違和感を感じるんだろうなと思いました。

人と重ねられるように、これからたくさんの体験をしていきたいです。
[2016/10/06 00:48] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
急降下の正体
カレーを作ってから、急降下しています。
仕事での怯えが再発し、悪夢を見たりとどよよんとしています。

怯える必要はないと分かってるのに、気分が上がらなくて自分が二つに分かれてしまっているような変な感じがします。

りんりんさんと話す中で、
私は祖母の軸で生きてきた、祖母の意向に従うことで自分の意思のない空虚な状態を埋めてきた。
でもカレーを作ったときは祖母の存在を忘れ、「素の状態」で動いていた。それで満足感を得た。
祖母がいなくても生きていける自分を知ってしまった、祖母を忘れた罪悪感で今の急降下がある。
怯えを作り出すことで、元の「安全な場所」(慣れ親しんだ不自由な状態)に戻ろうとしている。
ということが分かりました。

そこから自分の「安全な場所」が見えてきました。
子どもの頃、家の中はめちゃくちゃな状態でした。
母親はいつ爆発するかわからない爆弾でした。その母親という爆弾が爆発したとき、私は祖母の後ろに隠れることで身を守っていました。
幼い私にとって祖母は自分を守ってくれる人、母親は自分を傷つける怖い人でした。
そうやって私は祖母のそばから離れられない状態になっていったのだろうと思います。

祖母の作った「安全な場所」は、窓のない部屋のようでした。
毎日のように母親の怒りが爆発し、その度に私は祖母の後ろに隠れていました。
そこから学んだのは、外の世界は怖いもの、身を守るためには祖母のそばにいなければいけないということ。

祖母にとって母親が爆発して子どもに当たるのは、自分の正当性を証明するいい機会だったのだろうと思います。
「ほら、外の世界は怖いでしょ。私のそばにいれば安全なのよ」と、祖母からの無言のメッセージ。
私は家庭内の緊張感でめいっぱいで、家庭以外の世界を観察する余裕はなく、だから本当に外の世界が怖いものなのか確かめることができないまま過ごしました。

今回のカレー作りでは、祖母の作った安全な場所を出て、素の自分で人と向き合いました。そこですごく満足して楽しい時間を過ごしました。
それは祖母の教えに背く行為で、自分の作ってきた「外の世界は危険」という妄想が覆る体験でした。

祖母を離れれば私は空虚を自分で埋めなければならない、あれほど怖いと思い込んできた外の世界に無防備な状態で出てきてしまった、大変だ~💦と慌てて戻ろうとしている、
それがこの急降下の正体ではなかろうかと思います。
[2016/10/02 00:49] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
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